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公開研究会「EUとドイツにおける持続可能な農業を展望する政策と法」レポート

2022.09.22

共催:文科省科学研究費・基盤研究B「農地の法的社会的管理システムの比較研究」(代表者・楜澤能生)」


 里山学研究センターは、2022年9月7日(水)に文部科学省科学研究費・基研究盤B「農地の法的社会的管理システムの比較研究」(代表 楜澤能生 早稲田大学法学学術院・教授)との共催で公開研究会を開催しました。

 近年、持続可能な食料システムの構築を目指す食料・農業政策が世界的に大きな進展をみせており、ドイツでは有機農業を全農地の20%に拡大するとの目標を掲げる「未来戦略 有機農業」が2017年に、EUでも有機農業を全農地の25%に拡大するとの目標を掲げる「Farm to Fork戦略」が2020年に、それぞれ公開されています。そして、こうした動向を受けて日本の農林水産省も2021年に突如「みどりの食料システム戦略」を公表し、2050年までに農地の25%、1万haを有機栽培農地にするという目標を設定しました。
 ところで、こうした一連の戦略は、経営規模の拡大による生産性の向上をめざす従来型の農業政策に対するオールタナティブとなり得るのでしょうか。そこで、本公開研究会では、生産機能だけでない多面的な機能の発揮、自然の循環機能という視点から農林業を捉え、そのような農林業の持続的な展開を担保する農林地維持管理法制を確立するという、両国に共通の課題をめぐって議論しました。


 報告に先立って、里山学研究センター・センター長の村澤真保呂氏(龍谷大学社会学部・教授)は、「里山とは人々が生活を送るために手を加えてきた自然環境であり、当センターは、そのような自然、二次的自然の保全、地球環境の保全、自然環境型社会において非常に重要な領域であると認識し」、2004年以来、自然共生型社会の実現(可能な条件)までの研究を重ねてきたなどと挨拶をされました。
 
 続けて、科研代表者の楜澤能生氏(早稲田大学法学学術院・教授)が本公開研究会の企画趣旨説明を行いました。楜澤氏は、(私の科研では)「農地の維持管理のための法的、或いは社会的知性を比較法の中で研究し」ていると述べ、その上で、ドイツ農業法を研究する際に半世紀以上にわたってゲッチンゲン大学農業法研究所と関係があり、本日の公開研究会は、エコロジー農業、とりわけ「有機農業の動向」について、①EUレベルおよび②ドイツ連邦共和国レベルでの状況、③有機農業に関連する小規模家族農業、農業の工業化の関係という3つの視点から報告をする旨を示しました。

村澤真保呂 教授(里山学研究センター・センター長)
楜澤能生 教授(早稲田大学・研究代表者)

 第一報告では、まず、Cara von Nolting氏(ゲッチンゲン大学農業法研究所・研究員)が、「Die Farm-to-Fork-Strategie(農場から食卓まで戦略)」と題する報告をしました。
 Cara von Nolting氏は、まず、「Farm-to-Fork」戦略は、欧州連合(EU)グリーンディール(Green Deals)(近代的で資源効率の高い、競争力のある経済への移行の実現を目指すもの)の中核に位置付けられ、❶持続可能な食料生産、❷持続可能な食料加工と流通、❸持続可能な食品消費、❹食品ロスと廃棄の防止という食の持続可能性を重要視するものであると指摘しました。
 次に、以下のような説明を通して、「Farm-to-Fork」戦略の全容を示しました。
 ▼「Farm-to-Fork」戦略における2030年までの持続可能な食料生産の目標として、化学農薬使用量のリスクを全体で50%削減し、また、畜産や魚介類の養殖の抗菌剤の総販売量を50%削減し、さらに、EUの農地の少なくとも25%において有機農業を実施するなどといった目標がある、▼農業生産工程管理(GAP)改革と本戦略との関係として、欧州委員会は本戦略には法的拘束力はないと理解しつつも、事後的にGAPに本戦略を反映させようとしたなど、▼Agendaの動向として、2023年末までに持続可能な食品体制の法的枠組みを整理することなど、▼本戦略への批判として、欧州委員会が適切な影響評価をすることなく提案しているなど。

 次に、José Martinez氏 (ゲッチンゲン大学・教授、同大学農業法研究所・所長)が、「Zukunftsstrategie ökologischer Landbau(ドイツのエコロジー農業の将来戦略)」と題する報告を行いました。
 José Martinez氏は、主に、以下のような説明を通して、ドイツにおいて食の持続可能性との関係で政府も財政支援し、積極的に取り組まれている有機農業の戦略を示し、その上で、ドイツ有機農業将来戦略は、ドイツにおける有機農業を高める上で重要な礎であること、持続可能性目標を達成するために当該戦略は重要な役割を果たすこと、他方で、有機農業が三倍以上に増えることが持続可能性の阻害要因になるので、それを増やすことには慎重を帰すべきであることを指摘しました。
 ▼戦略の意味する内容として、戦略は憲法上の概念ではなく、そもそも、法律上扱う概念かどうかについても議論の余地があることなど、また、戦略は高権的行為、執行機関が義務付けるもの、国家が自身を義務付けるものなどと説かれている、▼有機農産品への消費者の関心の高まりを背景に有機農業の割合や有機農産物市場の売上高が増加傾向にあることなど、▼有機農業の耕作に助成する価値として、これに賛成する見方として、土壌の豊かさの維持、家畜はその本来の生態に適応した形で飼養することが可能であることなど、他方で、これに反対する見方として、有機農業の生産性の低さより、従来型農業よりも優位性がないこと、世界の食料供給量との関係で有機農業が従来型農業と同じ量を生産するためには他の地域の農業を拡大(増加)させる必要があることなど。

Cara von Nolting 氏(ゲッチンゲン大学農業法研究所・研究員)
José Martinez 教授(ゲッチンゲン大学農業法研究所・所長)

 第二報告では、Friederike Heise氏(ゲッチンゲン大学農業法研究所・研究員)とJonas Lohstroh氏  (ゲッチンゲン大学農業法研究所・研究員)が「Industrialisierung der Landwirtschaft im Spannungsfeld zur Erhaltung des Familienbetriebs(家族経営の維持との緊張関係における農業の工業化)」と題する報告をしました。
 まず、Friederike Heise氏は、主に、以下のような説明を通して、ドイツにおける農業の工業化の動向を示しました。
 ▼ドイツにおける農業の工業化の歴史的経緯として、19世紀以降、中世の主従関係から解放された農民が自ら耕す農地を所有する権利を取得し、また、大学に農学講座が開講され、農学が独立した研究分野として台頭し、それが結果として生産性の向上に繋がったこと、他方で、工業化による農業従事者が減少傾向にあること(ドイツ国内ではこれを農業の構造的変化と称する)など、▼工業化の特徴として、技術革新や農場の効率化による生産量、設備投資、大規模農場が増加する一方で農場数は減少していることなど、▼工業化のポジティブな効果として、工業化は食糧の確保に役立つこと、他方で、工業化の緊張関係として、生態系および社会的な意味でマイナスの影響があることなど。

 次に、Jonas Lohstroh氏は、主に、以下のような説明を通して、ドイツにおける家族農場経営の状況を示し、結論として、工業化と家族経営農家という2つの概念は、基本的に十分に両立し得るものだと述べました。
 ▼家族農場経営の概要として、2014年度のドイツの農場総数の27万6000棟のうち89%が家族経営農家に分類されており、また、世界的にみても、世界人口の70%以上が食料の全部又はその大部分を零細農家に頼っていることなど、▼家族経営農家の定義について、法律における規範的基準はないことなど、▼家族経営の農場の保全の必要性について、団塊世代の退職の波、後継者の不在、外部投資家による資本圧力などによって、家族経営農家は全体的に減少していること、▼家族経営農場の保全の価値について、経済性からみると家族経営農場は多くの雇用を生み出していること、低賃金、柔軟性の高い労働力、低い取引コストが経済的に優位に働いていることや、地方の雇用の創出および継続といった地域貢献があることなど、▼農業と工場化と家族農場経営の保護の間の矛盾や対立関係は可能な限り解消すること、▼工業化をあくまでも「近代的な耕作手法」という観点から捉えるならば、家族経営と矛盾するものではなく、また、家族経営が生き残るためには進歩が必要であることなど。

Friederike Heise 氏(ゲッチンゲン大学農業法研究所・研究員)
Jonas Lohstroh 氏(ゲッチンゲン大学農業法研究所・研究員)

 そして、一連の報告が終了した後に、例えば、▼法の中に戦略を組み込む場合、新たな価値をドイツ基本法の中にさらに加える必要があると考えるのか又は今の枠組みで問題ないと考えているのか、▼ドイツでは水利施設や牧草地を地域共同体が所有し、共同管理を行うことがあるのか、▼(この点と関連して、)共同管理の必要性が家族経営農家を保護すべき理由となり得るのか、▼「Farm-to-Fork」戦略は工業化と家族経営農家、双方のメリットを上手くまとめていけるようなものになっているのかといった概念的なことから具体的事象まで様々な質疑が出されました。