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2013/02/22
研究活動

由布院盆地における野焼きによる景観保全に係る調査

【報告】(鈴木龍也)

 

2月22日~24日の日程で高桑先生とともに由布岳南麓の野焼き観察に行ってきました。野焼きは23日に行われ、終日観察したほか、その前後や最中、および翌日に、「由布岳南山麓景観保全機構」事務局を担当され、また野焼きを実質的に主催する温湯区の前区長である野上さん、および参加されている皆さんから大変興味深い聞き取りをすることができました。簡単に報告させていただきます。

 

野焼きは天候に左右され、私はこれまでも他の野焼きについて延期で見学できないという経験をしてきただけに、実際に予定通り行われるかどうか心配していましたが、PM2.5が立ちこめているとはいえ、大変天候に恵まれ、予定通り、そしてこの草原としては30年ぶりの2月中の野焼きが行われました。

 

野焼きを行うのは温湯牧野組合で、<この組合=温湯財産管理委員会=温湯区の旧住民>という関係がほぼ成り立っていると思われます。牧野組合は野焼き等の負担があるため、これを抜けて財産管理委員会だけにとどまる例が見られるようになり、これを防ぐために、組合を抜ける場合には委員会も抜けなければならないということにしたそうです。組合員は約60名で、そのうち50名弱が野焼きに参加しているとのことです。重労働のためか、出不足金は1万5千円と高額です。温湯区内の4組(集落?)ごとに、それぞれがかつて草地として利用していた部分に対応する形で火入れの担当か所(ルート)が決まっており、作業の強度は相当に異なるものの、担当の割換えや輪番制の採用には至っていないとのことです。

 

野焼きを行う草地は2か所に分かれています。最初に行うのは面積の小さい西側斜面で、午前8時30分に集合して手順の確認や注意事項の伝達などの後、9時頃からこちらを最初に焼きますが、どちらかといえば乾きが悪く、燃えにくいとのことです。その後11時頃から300ヘクタールと広大で、小山などを含んで起伏にも富んでいる南側斜面を焼きます。前年の9月中旬頃に幅10メートルほどの防火帯を切って(刈り込んで1週間ほど乾かした後に、防火帯中央部に集めて燃やす)おくとのことで、現地で見ると相当広い幅だと感じたのですが、火をつけてみるとこれくらいの幅が必要であるということがよく分かります。火をつけるのはガスバーナーが主で、伝統的な「カヤのたいまつ」(カヤ(すすき)を現場で刈り、葛で結ぶ)は補助的に用いられています。また、消火には水を20リットルほど担いで火元に勢いよく噴霧する「ジェットシューター」が用いられており、伝統的な「火消し棒」(青竹を扇状に開いて山葛で編む)が使われるところは目にしませんでした。

 

2つめの斜面はその北東の角から一方は北辺(上辺)を東から西に、東辺を北から南(上から下)へと火をつけていき、中間部の小山の部分等や中を通る国道のところで複雑な行程をとるものの、基本的にはそれぞれ北辺と東辺に火をつけた後に、西辺を北から南(上から下)へ、南辺(下辺)を東から西へと火をつけていきます。火は、下(南辺)から上(北辺)に(そして風上から風下へ)向かっては驚くほどの早さで進み、また火勢も強くなるため、上辺をある程度焼いて防火帯を実質的に広げた上で、下からの火が昇っていくという作業の流れになっているように感じました。火の入れ方はこのような形で行うことに決められているようです。また、同じラインについても、一番端のラインに火をつける1番火から、その5メートルほど奧のラインに火を入れていく2番火、そして3番火、4番火と順番に草地の奧に火を入れていくこととされており、実際に4番火まで火を入れることは珍しいそうですが、3番火、4番火は相当草原の中に入るため、危険度も増すとのことです。また、斜面の下から火を入れる際には、1番火だけでも充分に燃え広がって行っているように感じました(野焼きのやり方について詳細に解説する「野焼き教本」をいただきましたので、野焼きの方法の細部に興味のある方はご連絡ください)。

 

2月の野焼きということで、火の勢いは3月ほどではないとのことですが、ほとんど消えかかっているかにみえた野焼きの境界部が風にあおられたり、斜面の傾斜が急になっているところなどで一気に火勢をましてバチバチと大きな音を立て、急速に火が進む様は壮観でしたし、また煙やすすを相当にかぶりながら、においも含めてまさに5感で感じる野焼きは大変迫力があり、感動しました。火のもっている何かが伝わったのでしょうか。

 

先の景観保全機構は、牧野組合員の脱会傾向等により野焼きの今後に危機感を持った関係者が、景観や自然環境保全のために野焼きの実施を援助せんと立ち上げたもので、市民のほか企業の会員なども募っています。現在由布院の旅館など200団体ほどの企業会員がいるそうです。牧野組合構成員も今のところは後継者はいるとのことでした(由布院という観光地ならではということでしょうか)が、草地の利用は20年?ほど前まではそれなりに行われていたものの、現在は2戸の農家が10頭ほどの牛の放牧利用しているだけという状況のようで(昔は役牛で、今は肉牛とのことです)、多くの牧野組合員にとっては負担だけが覆い被さってくるという構造になっており、脱会傾向が見られたことなどから、別の枠組みの必要性を感じて保全機構の立ち上げになったということでしょうか。

 

「野焼き教本」にはこの草原の植物などについても説明があり、そのような面についても一定の調査がなされているようです。

 

現地では土地については財産区有、植林された木などの上物は牧野組合の所有と理解されているようですが、私が若干管理の内容(売却された土地代金の処分方法などを含む)について聞いた限りでは、財産区ではなく入会と見るべきもののように思われました。区や財産管理委員会(これが財産区の管理を担当しているということになるのだと思われます?)の組織や運営等も含め、今回は野焼き自体の観察が目的でしたので、極めて表面的な聞き取りしかできていません。また、上の説明は大筋では間違いはないと思いますが、野焼き自体の観察に集中していたため、聞き取りの細部については不確かな部分を含んでおります。この点、お許しいただきたいと思います。平成の市町村合併での扱いなどをも含め、今日の入会・財産区問題を検討する素材としても極めて興味深い例だと思われます。再度、しっかりした調査を行いたいという思いをもってかえって参りました。

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